措置入院

 2/25以降、ブログの更新が止まっていた。ご心配をおかけして申し訳ない。
 横浜市大病院で入院措置を受けていた。今は大和病院というところに転院し『医療保護入院』という扱いで、外出許可を得て家へ戻り、これを書いている。
 24日の夜、ちょっとしたことが原因で気分が落ち込み、またイライラもしていた。そして、夜の11時半頃、つれあいとの口論が始まった。
 口論中、『もうどうにでもなれ!』という気になり、話をさえぎり家出をしようと車のキーを持った。睡眠薬を飲んだ直後だったが、例えそれで事故になろうとかまわない、といった自暴自棄感だった。つれあいはただならぬ雰囲気を察知し、寝ていた子どもを大声で起こし、父親に電話をさせ、また向かいの家に助けを呼びに行かせ、つれあい自身は全力で僕の行動を制止しようとした。
 車にたどり着き、エンジンをかけたところで向かいのご主人が出てきて、つれあいとの2人がかりでの制止となった。エンジンは止められ、僕は家の中に引きずり込まれた。
 ならば自分を傷つけてやれ、興奮状態の中でまずOD(薬物過剰摂取)をしようと薬袋に手を延ばした。察知され、羽交い絞めにされ薬を遠ざけられる。
 じゃあ包丁だ。包丁庫に手をのばそうとするが、これもさえぎられる。ならば、と近くにあった陶器を割りそのかけらで手首を傷つけた。しかし思ったほど鋭利にならず引っかき傷ができただけだった。これもすぐに取り上げられた。
 一方で、この興奮行動を冷静に見ている自分がいた。『入院させろ!』『とりあえず(安定剤の)コンスタン4錠を飲ませろ!』『警察を呼べ!』とつれあいに指示を出していた。
 ほどなく、パトカー2台が到着。つれあいや、駆けつけた父親から事情を聞く。そのあいだ僕は3人の警察官に囲まれ、ちょっと動くと『そのままそのまま』と制止された。
 しばらくしてから大和警察署にパトカーで移動。警察署では長いすに毛布を借りて横になる。まだ興奮はおさまっておらず、こぶしで壁をたたいたりする。明け方、大型ワゴン車で移動。横浜市南区にある横浜市大病院へ。医師の診察を受け、『措置入院』という一種の行政処分が下った。
 病室へ通される。2重の鉄扉で廊下から隔てられた4帖ほどの病室にあるのはマットレス、毛布、枕、それとむき出しの洋式便器(余談だが、手を洗う設備はないので用を足しても手が洗えない、潔癖症の人には苦しい環境だろう)。ここで『隔離』されることとなった。一切の私物は持ち込めない。めがねも不可だった。
『あなたが以下の状態にあるので隔離を行ないます…自殺企図及び自傷行為が切迫している場合』といった内容の書類をもらう。パジャマに着替えると、鉄扉が外から施錠された。
 入院初日はいろいろな検査や、寝ていなかったことによる昼寝などであっという間に過ぎた。その日の夜には、元の安定した自分に戻った自覚があった。
続きはまた今度の外出許可時に。